池下貴彦 ~数々の苦難を越えて...仕事人、最後の完全燃焼~

 1月27日、和泉市民球場。
当初予定されていた試合がキャンセルとなり、練習が行われた。
そこに参加した池下。

2時間の練習を終えた彼は、花園での試合に向かうチームを一人、見送った。



 これがいつからか定着した、池下貴彦の参加スタイルだった。
バイトなどの都合で、1試合目のみや、2試合目からの出場はしばしば。
ときには、試合中にチームに合流しての途中出場も珍しくはない。


それでも、池下は球場へ向かう。

試合のキャンセルをうけての練習でも、例外ではなかった。




 2003年春に、岡本らとともにテラーリンズ入り。
当時「BETH」と書かれたTシャツを着ていたことから、保科から「ベッツ」と命名された。
しかし、まわりの03生に比べて、練習・試合への参加自体が少なく、存在感のうすいなかで、彼のテラ野球人生はすすむ。


ただ、当時の03生のなかでは唯一の外野手だったことも奏功し、出場した試合では、貴重な戦力として重宝された。
特に、外野でのその守備力はチーム一と言われ、バッテリーからも絶大なる信頼を得た。

ある選手は、「落下点に入る速さが郡を抜いている」と評した。
派手さはないものの、常に地味で堅実なプレーが光る。





 2005年春、鈴木・湊らの卒業に伴い、出場機会も増加しかけたものの、2人がチームに復帰したことから、中堅には定着しきれず。
また、入院などで、長期にわたってチームを離れることもあった。
そして、バイトとの両立に、就職活動...。


しかし、不運なことやさまざまな障壁はあったものの、ヒマをみつけては野球に時間をさいた仕事人。





1月20日のガチャピン戦後、池下は卒業前の参加が2月限りとなることを表明した。

しかし、こう続けた。

「バイトは1月まで。2月は思う存分できると思う。」と。



強豪との対戦を数多く控える2月。

f0008530_20113278.jpg池下にとって、野球に、テラーリンズに集中できる環境が整った。

「最後は完全燃焼」。


2月3日...仕事人の最後の舞台が、幕をあける。
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  by teralins | 2007-02-01 20:12 | 心の野球・03

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